相続問題を考えるにあたって「相続開始後の問題」
2017.06.22 / 弁護士コラム・「遺言相続」
前回に引き続き、相続の問題に関する「相続開始後の問題」についての内容となります。
■相続開始後の問題
私は、十分な生前対策がなされている場合には、(感情的な対立が生じてしまう場合はあるとしても、)法的な紛争が生じることはほとんどないのではないかと考えています。
しかし、不幸にも何らかの事情で十分な生前対策がなされていない場合、相続人間で紛争が生じることは少なくありません。そして、私の経験からすれば、ほとんどの場合、争点は、以下の3つに該当するという印象です。
1.特別受益
2.不動産の評価
3.遺留分
もちろん、この3つの争点以外にも、法的には、遺言の有効性や寄与分など様々な争点が想定されます。しかし、ここでは、争点となることが多いと思われる上記3点について簡単にご説明させていただきたいと思います。
1.特別受益
特別受益とは、相続人の中に、被相続人から遺贈や生前贈与を受けた人がいる場合、その受けた利益のことを言います。
そして、特別受益がある場合に、これを相続時に一切考慮しないとすれば、相続人間の公平を図ることが出来ません。そのため、特別受益にあたる贈与がある場合には、被相続人の相続財産に特別受益にあたる贈与の価額を加えたものを相続財産額とみなし、この金額をもとに算定した相続分から各相続人の具体的相続分を算定することになっています(民法903条1項)。
しかも、特別受益として考慮される生前贈与には、期間的な限定がありません。そのため、20年以上前の贈与の有無が争われるということもしばしばです。
そして、特別受益が争点になり、しかもそれにこだわる相続人がいる場合には、証拠収集が極めて困難であることもあり、紛争が長期化してしまうのです。
このような場合には、立証が出来るか否かを見極めて、ある程度割り切った判断をすることにより、相続人間の関係を保つという判断をすることも重要なのではないかと思います。
2.不動産の評価
日本人は、国際的に見て投資に対して慎重で、資産構成における現金・預金の比率が高いなどと言われます。これは、日本人の気質が保守的であることを示唆していると思われます。この保守的な気質が影響してか、ある程度の資産を持っておられる方の多くは不動産(自宅を含む)を持っておられます。中には、資産が、不動産と現金・預金のみで構成されている方も少なくありません。
そして、資産における不動産の割合が大きければ大きいほど、遺産分割の際にも、不動産の評価方法というのは、非常に大きな問題となります。
なぜ、不動産の評価方法が大きな問題となるのかは、実際に遺産分割をしようと思えば、すぐに分かります。
相続人が、一致団結して遺産の中の不動産を売却してしまって、その売却代金を分けるという話であれば別ですが、相続人のうちの誰か(Aさん)が不動産を取得したいと考えており、他の相続人(Bさん)は出来るだけ多くの現金を取得したいと考えている場合を想定すると、当該不動産をAさんは出来るだけ安く評価したいと考え、Bさんは出来るだけ高く評価したいと考えるはずです。
そして、この仮定の話というのは、決して特殊な話ではなく、遺産の中に不動産が存在する場合には頻繁に起こるものであるということはご理解いただけると思います。
では、そもそも、なぜ不動産の場合にこのような対立が生じてしまうのか。AさんやBさんが自分の都合の良いように根拠のない金額を主張しているのか。
それは、不動産は、「一物五価」と言われるように、様々な評価が乱立しているためです。
「一物五価」というのはどういう状況かと言うと、日本では、不動産について、実勢価格(時価)のほかに、国土交通省が作成する公示地価、都道府県が公表する基準地価、国税庁が定める路線価、市町村が定める固定資産税評価額という5つの価格が存在するのです。
そして、これらの価格が一致しているわけではないため、当事者それぞれが自己に都合の良い価格を主張し合うという事態が発生するのです。決して、AさんやBさんが根拠のない金額を主張しているわけではないのです。それだけに、不動産の評価という問題は根が深いということになります。
調停等で話し合っても、不動産の評価額について合意が得られない場合には、最終的に裁判所で不動産鑑定士による鑑定を行ってもらい、当該鑑定評価額を基準に裁判所が(事案の解決に必要な範囲で)金額を決定することになります。
もっとも、かかる鑑定には、数十万円という費用がかかりますので、話合いで解決できるのであれば、双方にとってそれが最善の選択だと思います。
3.遺留分
遺留分とは何でしょうか。
遺留分とは、法律に定める一定の相続人(兄弟姉妹は遺留分を持たないことに注意が必要です。)が、最低限取得することを法律上保障されている相続財産の一定の割合であって、被相続人による自由な処分によっても奪われることのないものです。
皆さんが、自分の財産を自由に処分できるように、被相続人にも、本来自己の財産を自由に処分する権利があります。しかし、相続人が遺産の形成に対して貢献をしている場合の持ち分の清算や共同相続人間の公平な相続を図るために一部の財産を相続人に残す必要性があることが考慮され、民法は一定の割合で被相続人が自由に処分することが出来ない財産を認めたのです。
これによって、遺言書があっても、紛争となる可能性が飛躍的に高まっています。仮に、被相続人が、子どもの一人に全財産を譲ってやりたいと思い、そのような遺言書を作成したとします。もし、遺留分がなければ、他の相続人は、何も言うことが出来ません(遺言書の有効性自体を争うということは考えられますが・・・)。しかし、法が遺留分を認めているために、このような場合でも、遺留分減殺請求をすることによって、一定の権利を確保することが出来るのです。
そして、遺留分は額の算定については、「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除」するもの(民法1029条1項)とされています。
そのため、遺留分についての争いにおいても、上述してきた特別受益と不動産の評価の問題は出てくるのです。
結果として、遺留分を侵害するような遺言書が作成されている場合には、遺言書がある場合と同様か、それ以上に激しい争いとなるのです。